「出雲の山上の由緒正しきお寺に、とんでもない極上サウナがあるらしい」
「寺活サウナー」を自負する私の耳に、そんな噂が飛び込んできた。場所は島根県出雲市、1300年以上の歴史を持つ名刹「一畑薬師(総本山一畑寺)」だという。
「お寺に本格サウナがあると言われても……宿坊のおまけとして、少し汗を流せる程度のものじゃないか?」
正直なところ、最初はそんな印象を抱いていた。だが、好奇心から体験してみたい心の疼きは止められない。気がつけば東京から神々の国、出雲の地へと向かっていた。はるばる山上の古刹で体感したのは、そんな浅はかな予想を鮮やかに裏切る「想像を絶する圧倒的な至福体験」だった。
昭和レトロな門前町を歩き、絶品の蕎麦をすすり、極上のサウナで「涅槃」の境地に想いを馳せる。お参りをし、人々が大事に守り続けてきた祈りの空間に癒される。さあ、数寄者の大人たちへ贈る、一生に一度は行きたい一畑薬師での「寺活サウナ旅」の一部始終をお届けしよう。
■ ローカル線の旅情、山上の名刹へ

宍道湖畔から一畑薬師を目指す道路
まずは、そもそもの舞台である「出雲の地」について少し触れておこう。古くから神話が息づくこの地は、小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)が「神々の国の首都」と呼んで深く愛した特別な場所だ。目に見えない神秘やご縁が信じられている、日本屈指のスピリチュアルな風土が根付いている。

一畑薬師(総本山一畑寺)から臨む宍道湖
島根半島の中央、眼下に宍道湖を見下ろす山上に位置する「一畑薬師(総本山一畑寺)」。およそ1300年の歴史を持ち、「目のお薬師様」として全国から厚い信仰を集める名刹だ。
実はこのお寺、朝ドラ『ばけばけ』のモデルにもなった文豪・小泉八雲(ハーン)とも深いゆかりがある。松江に滞在していた1890年(明治23年)の11月、八雲は宿の女将とともに、目を病んでいた女中を連れて眼病平癒を祈願するため、わざわざ小船で宍道湖を渡り、この一畑薬師へ参拝に訪れているのだ。それほどまでに「目のお薬師様」は、古くから地元の人々に頼られ、愛されてきた存在なのである。
そんな「目のお薬師様」への道のりは、決してアクセスがいいとはいえない。電鉄出雲市駅から、どこか懐かしいオレンジ色の車体が目を引く「ばたでん」こと一畑電車に揺られる。ガタンゴトンという規則正しい走行音が、少しずつ日常のテンポを遅くしていく。

木造の趣深い駅舎。ここから非日常の旅が始まる

一畑駅に掲示される水木しげるとの縁

レトロな待合室のベンチ
途中、平地で進行方向を変える全国でも珍しいスイッチバックの駅「一畑口駅」を経由する。ここは水木しげる先生の妖怪世界への素地を作った『のんのんばあ』ゆかりの地としても知られる歴史深い駅だ。

木造の駅舎、ここからバスに乗る必要がある
駅からは1時間に1本程度のバスに乗り換える。乗り込んだ「出雲市生活バス」の運転手さんは愛想よく気さくに話しかけてくれ、純朴な温かさが心地いい。そんな穏やかな佇まいとは裏腹に熟達の運転技術に驚嘆の念を感じえない。うなりを上げるエンジン音とともに、急勾配の山道を、縫うように力強く登っていく。

一畑薬師へ連れて行ってくれる出雲市生活バス
山道を登りきり、辿り着いた先には下界とは違う澄んだ空気が広がっていた。一畑薬師である。

駐車場に掲出されている一畑薬師の案内地図
真っ赤な彼岸花が、季節の移ろいを感じさせてくれる。参道ではお地蔵様が並んで出迎えてくれる。

鮮やかな彼岸花

お地蔵さんが並ぶ参道
境内へと向かう前に、まずは腹ごしらえといきたい。風情ある門前町の中で、ひときわ活気を見せるのが昭和23年創業の食事処『もんぜん』だ。店先に近づくと、看板犬の柴犬・テツくんが寝転んでくつろぎながら、愛らしいお出迎えをしてくれた。暖簾をくぐると、手前には所狭しと地元名産品が並ぶお土産の販売スペースが広がり、その奥に懐かしさを感じさせる畳敷きの座敷席が待っている。

参道でひときわ賑わいを見せる食事処「もんぜん」

懐かしさを感じさせる畳敷きの座敷席

自家製粉の手打ちで提供される名物の割子蕎麦
お目当ては、出雲名物の「割子(わりご)蕎麦」。出雲産のそば粉を使用し、「ひきたて・打ちたて・ゆでたて」にこだわる自家製の手打ち蕎麦が、丸い朱色の漆器が三段に重なった独特のスタイルで提供される。薬味を乗せて直接つゆをかけて手繰り寄せると、挽きぐるみの黒々とした蕎麦の味わいが感じられ、噛むほどに力強い香りが鼻腔を抜ける。喉越しが心地よくスルスルと食べ進んでしまう。三段を瞬く間に平らげる。いや、しかし、美味い蕎麦であった。
■ 期待を遥かに超える極上サウナ室
腹を満たし、いよいよ境内へ。参道では、天井から吊るされた数えきれない風鈴が参拝者の目と耳を雅に楽しませてくれる。まずは寺務所へ受付をしに向かう。ここは御朱印やお守りなどが置かれているのはもちろん、お土産や甘味などの軽食まで並ぶ、温かみのある空間だ。

涼しげな風鈴で彩られた寺務所前
そこからスタッフの方に案内されて向かった先、木々のざわめきと虫の音が静かに響く宿坊エリアに佇むのが、今回の目的地『Sauna禅』である。臨済宗の「禅」の精神とフィンランド式サウナが融合した極上のプライベート空間だ。

「Sauna禅」専用のコテージ

3種類も置かれたセルフロウリュ用のアロマ
一歩コテージへ足を踏み入れた瞬間、驚きを禁じ得ない。そこには、サウナを愛し抜いた者ならわかる「偏執的なこだわり」が詰まっていたのだ。
セルフロウリュ用のアロマが3種類も用意されている。真新しい木の香りが充満するサウナ室内には、フィンランド・MISA社製の本格ストーブが鎮座する。温度と湿度のバランスは完璧に計算し尽くされ、日常のノイズが一切存在しない密室。熱されたサウナストーンに柄杓で水を落とすと、「ジュワッ」という熱と湿度が奏でるロウリュ音が響き、極上に柔らかな蒸気が全身を包み込む。

木の香りが漂うサウナ室の内部

本格的なストーブに積まれたサウナストーン。

サウナ室はMISA製

寺院の敷地内とは思えない本格装備
山上のお寺という特別な環境がそうさせるのか、いつもより静謐な気持ちになる。ただじっと目を閉じ、吹き出す汗の粒を肌で感じているうちに、頭の中を埋め尽くしていた澱(おり)のような思考が消え去り、至福のトランス状態へと誘われていった。
■ 圧倒的静寂と「涅槃」に近づく、この世とは思えないやすらぎ
限界まで温まるとサウナ室から出て、コテージ外の休憩スペースへ。火照った身体を、サウナ室の目の前にある重厚な石造りの水風呂へ沈める。地下水はキンと冷たいのに、肌当たりはどこまでも柔らかい。水から上がり、外気浴のチェアに身を預けると、出雲の澄んだ山風が火照った皮膚を撫でていった。

サウナ室を出たら、コテージ外の休憩スペースへ

山の自然を感じられる休憩スペース

上質なしつらいの水風呂

身体を丸ごと預けられるととのいチェア

ととのい椅子からの心地よい眺め
遠くで響く、蝉やひぐらしの音色。木々の揺れる音。風に乗って微かに漂う草木の香り。
そこにあるのは、文字通りの「圧倒的静寂」だった。大自然とお寺そのもの空間に融けていくような、穏やかでこの世のものとは思えない深い「やすらぎ」。一介の煩悩まみれの一般人にすぎない著者にとっても、「涅槃(ねはん)の境地」に近づいたのではと感じさせてくれるような感動的な体験だった。

寺務所でいただく抹茶とお饅頭、ゆず香る金平糖
極上のととのいを経て受付の寺務所へ戻ると、心憎いおもてなしが待っている。
サウナ上がりで鋭敏になった感覚の中、一服の抹茶とお饅頭、そして爽やかなゆずの香りが広がる美味しい金平糖の甘さが、細胞の隅々にまで染み渡る。定番のサウナドリンクもいいが、お寺の静けさの中でいただく和の甘味の破壊力たるや、筆舌に尽くしがたい。

堂々たるたたずまいの本堂

涼やかな音色を響かせる風鈴
心身ともにすっかり軽くなったところで、ゆっくりと境内を歩いてお参りへ向かう。
涼やかな音色を響かせる風鈴の小道を抜け、歴史の重みを感じさせる荘厳な本堂や、静謐な空気が漂う観音堂の前に立つと、自然と背筋が伸びる。

日当たりのよい観音堂

静謐な本堂

参拝客の願い事が書かれたお札

ずらりと並ぶ羅漢像群は圧巻の一言

境内に鎮座する「のんのんばあ」と水木少年の像

いただいた御朱印(出雲國神仏霊場第三番)
圧巻の仏像群や十六羅漢像に見守られながら、境内に鎮座する「のんのんばあ」と少年のブロンズ像に思いを馳せ、「目のお薬師様」にしっかりと手を合わせる。驚いたことに、お賽銭はPayPayなどのキャッシュレス決済にも対応しており、伝統の中にも現代的なアップデートが感じられた。
極限までやすらいだ後の参拝は、五感が研ぎ澄まされているせいか、いつもより寺院空間に溶け合うような心地よさを感じた。
■ 至福体験の総仕上げ、幾千年もの祈りと優しさに包まれて。

さて、帰りのバスが来るまで少し時間がある。山を下る前に、足は自然ともう一度、あの食事処『もんぜん』へと向かっていた。
サウナと参拝で極限まで浄化されたような感覚の中、すっかりペコペコになった胃袋。欲していたのは、「カツカレー」だった。扇風機が首を振る畳敷きの店内で、どこか懐かしい味わいのカレーとサクサクの衣のカツを頬張る。空っぽの身体に染み渡る強烈な旨味。これ以上の贅沢があるだろうか。
帰りがけの店先では、行きにお出迎えしてくれた看板犬のテツくんが、変わらず無防備に寝転んでいる。どうやら帰りのお見送りまでしてくれているらしい。その愛らしい姿に、思わず口元が緩む。
名物の割子そばをすすり、お寺のサウナで「涅槃の境地」に想いを馳せる。温かな歴史を重ねた本堂で祈りを捧げる。1000年以上、人々の切なる願いを受け止め続けてきた場所は、そこにいる人、行き交う人々までが包み込むような優しさに満ちていた。
一生に一度は訪れるべき一畑薬師の極上サウナと寺活旅。そこで待っていたのは、私たちの日常を完全にリセットしてくれる、至福の大人時間であった。
※本記事に掲載しているサウナ室内および境内での写真は、撮影が禁止されていない場所にて、マナーと周囲への配慮の上で撮影を行っております。
【「Sauna禅」について】
宿坊コテージ宿泊者向けと日帰りのプランがあります。
詳細は公式サイトをご覧ください。
公式サイト:https://ichibata.jp/cottage/?page_id=611
【店舗情報】
出雲そば もんぜん
住所:島根県出雲市小境町2117-3
電話:0853-67-0630
営業時間:9:00~16:30
店休日:不定休
駐車場:あり(一畑薬師駐車場を利用)
写真・文/KENLOCK(寺イク?)