喧騒から離れ、日常のノイズを「遮断」し、ただ、今いる瞬間に身を置いて「没頭」する。
「寺イク?」は、お寺や神社を単なる観光や祈りの場としてだけでなく、疲弊した心を本来の状態へとリセットし、明日へ向かうパフォーマンスを最大化させる「コンディショニング」や「リフレッシュ」の拠点として提唱しています。今般、仏教の精神、武士道の美学、そして水墨画の生命力が混ざり合い、まさに新しいカルチャーの目覚めを体現するようなイベントが開催されると伺い、取材に向かいました。

左から、武楽座の源光士郎氏、墨絵アーティストの荒川颼氏、武楽座の岩見理奈氏
品川区の閑静な住宅街に佇む、通称「はるさめでら」こと「春雨寺(しゅんぬじ)」。この聖域で、近畿日本ツーリストをグループ会社に持つ、KNT-CTホールディングスの中島ゆか氏が提唱する「JAPAN道ウェルネス」のプロジェクトが始動しました。一般客、メディア関係者も一体となって「静寂と動」を共有した極上な寺活の夜を、寺イク?編集部がレポートします。
■ 情報社会の「過剰な評価」から自分を切り離す

KNT-CTホールディングス 社長室 未来創造事業担当の中島氏
企画者の中島ゆか氏(KNT-CTホールディングス 社長室 未来創造事業担当)の言葉には、現代社会への鋭い洞察がありました。中島氏がこのプロジェクトを立ち上げた背景には、かって修学旅行を企画していた現場で急増する不登校や不安定な子供たちの現状への強い危機感がありました。SNSの普及により、見知らぬ他者からの過剰な評価に晒され続ける現代。彼女が導き出した解決策は、旅行の非日常体験による「日常からの徹底したデタッチメント(切り離し)」でした。
「日本の武道や芸道の所作には、一つひとつの動きに全神経を集中させ、自分が外にばかり向けている目を、自分の内面を見つめる視点に切り替える知恵が詰まっています。自分自身を見つめなおしている中で、いつもの外界との関わりを別の視点で眺められるようになり、自然と、周囲の普段気づかない幸せに気付く。この『今、この瞬間』に没入する美学を、お寺という異世界で疑似体験していただく。それがこのプロジェクトの核です」と中島氏は語ります。欧州などの文化感度が高い層に「日本のウェルネス」として認められることで、日本人が自国文化の価値を再発見する「価値の逆輸入」を狙っています。
■ 法要の場を超え、「Temple of Arts(芸術の殿堂)」へ

春雨寺の丹羽貴大住職
会場となった春雨寺の丹羽貴大住職は、京都芸術大学の副学長や国連の平和活動に関連する重職を歴任するなど、芸術と教育の最前線を歩んできた人物です。住職が今回のイベントを受け入れ、自ら「Temple of Arts(芸術の殿堂)」と称する背景には、お寺の本質的な役割に対する深い再定義がありました。
「根本的なお寺のあり方として、私は『Science(科学)』以外はすべて『Arts(アーツ)』だという考えを持っています。お寺は、亡くなった後の法要のためだけにあるのではありません。昔のお寺の原点はコミュニティであり、薬草を植えて人々に飲んでもらうクリニックの機能を持っていたように、生きている人々がそこで幸せに暮らすために存在していたんです」
春雨寺は現在、特定の宗派に属さない「単立」のお寺です。住職は、宗派にこだわらず全ての人を受け入れる寛容さを大切にしています。「平和な精神を持ったアーツや哲学があれば、人は平和に過ごせる。スティーブ・ジョブズも寺の庭を見て精神を整えたように、自分に合うお寺をチョイスすることが大事なのです」という言葉は、まさに「寺イク?」が目指す、能動的なコンディショニングの場としてのお寺の在り方を体現していました。
■ 指先から宿る生命、そして静寂の舞へ

荒川颼氏による「馬」のドローイング
本堂でのパフォーマンスは、水墨画アーティスト・荒川颼(あらかわしゅう)氏によるライブペイントから幕を開けました。筆を使わず、指や手掌で直接紙に命を吹き込む「指頭画(しとうが)」。描き出されたのは、決して後退しない象徴としての「馬」です。「指先という原始的な感覚から生まれるエネルギー」が、静まり返った本堂に生命力を注入します。来場客からもその迫力に感嘆の声が漏れていました。
続いて、その昂揚した空気を静寂へと導いたのが、武楽座・源光士郎氏による「武楽(ぶがく)」です。武士のたしなみを統合したこの芸道において、源氏は「敦盛」の舞などを披露。「人間五十年……」と、天上界から見れば人生は夢幻のようであるという無常観を表現しました。源氏は、「生き方のフォームそのものを整える」という、身体・精神・社会的な役割をシームレスに繋ぐウェルネスを体現し、参加者はその所作の一つひとつに己を投影していました。

武楽座の「敦盛」の舞
■ 陰陽が回遊するホスピタリティ空間

北品川寺BAR の陽の間

北品川寺BAR の陰の間
イベントの参加者は、境内の「北品川寺BAR 陰・陽(イン・ヨウ)」でシガーも楽しむことができました。ここには二つの空間があり、「陽」の空間では、華やかな交流を促し、隣接する「シガー茶室」は「陰」の空間として、深い内省と静かな対話を誘います。

修復をしていない甲冑
BARへと進む入口付近には「一切修復をしていない甲冑(鎧)」が置かれていました。かつて武道を嗜んだ僧侶が実際に身につけていたもので、時の流れをそのまま封じ込めたような圧倒的な存在感があり、陰陽を凝縮したように感じられます。歴史の重みと現代のバーカルチャーが共存するこの異空間だからこそ、住職の言う「生前の幸せ」を肌で感じられるのかもしれません。

武楽座の物販コーナー

荒川颼氏の物販コーナー
【編集部後記】
お寺とウェルネスが紡ぐ、新しい「カルチャー」への期待
今回の取材を通じて感じたのは、日本人の「道」精神は、国境や時空間を超えた新しいうねりへと進化しているということです。春雨寺が見せた「芸術とウェルネスの融合」は、伝統を切り売りするのではなく、現代人の孤独や不安に対する芸術的な処方箋としてのあたらしい意味までも提示していました。
日常に疲れたとき、ふらりと「自分を調律しに行ける極上な寺活」の姿がある。今後、この「JAPAN道 ウェルネス」が、一つの革新的なライフスタイルとして定着していくことを、心から期待しています。お寺という場所が持つ無限のポテンシャルが、また一つ、美しい姿で開花した一夜でした。