浄土真宗 佛心寺 住職(令和6年就任)新田崇信さん
滋賀県長浜市にある歴史ある古刹、佛心寺の住職でありながら、2010年に東京・雑司が谷のマンションの一室に布教所を開設。伝統的な寺院環境と、都会の現代的な生活空間という二つの拠点を往復しながら活動を続けている新田崇信さん。

今回は、『寺イク?』編集長 KENLOCKが、そのユニークな視点から見えてきた現代人のリアルな「渇き」と、ブームを超えて現代人の疲れた心に真に効く「お寺の本質的な役割」について、じっくりとお話を伺いました。
■「ととのう」ブームと、お寺の親和性
— 本日はお忙しい中ありがとうございます。『寺イク?』編集長のKENLOCKです。新田さんのユニークなご活動をメディアでも拝見して、ぜひお話を伺いたいと思っていました。
新田: ありがとうございます。私も寺イク?を拝見して、とても面白いなと思っていました。特に「ととのう」というキーワードに注目されているのが、すごくいいなと。
— ありがとうございます! 私自身、厄年を機にお寺と縁ができたことや、サウナ好きが高じて「お寺でととのう」感覚に興味を持ちまして。
新田: 「ととのう」って、私の活動ともすごく近いところがあるなと感じているんです。現代社会は、成績や評価を数値化したり、理由を論理的に説明したりする「左脳的(認知的)」なあり方が求められますよね。
でもお寺という空間は、もっと五感で受け取るような、「なんかこの人優しいな」「ここにいると安心するな」といった「右脳的(感知的)」な場所なんです。頭で考えなくてもいい時間。それこそが、現代人にとっての真の「ととのう」時間になるんじゃないかと思っていて。だから「寺イク?」さんの活動はめちゃくちゃ面白いなと思ったんですよ。
— いや、嬉しいです。まさにその通りだと思います。
■「当たり前」だった読経生活と、お寺の子の葛藤
—まずはルーツについて教えてください。滋賀の歴史あるお寺に生まれたそうですが、昔から自然と僧侶になろうと思われていたのですか?
新田: はい。浄土真宗の場合、9歳で得度(出家)できるのですが、物心ついた頃からそれが当たり前の生活でした。朝起きると父や祖父と一緒にお経を読んでから朝ご飯を食べ、夕方もお経を読んでから晩ご飯を食べる。意味は分からなくても、音としてお経が身体に染み付いている感覚ですね。

— 9歳でそれが日常というのは、すごい環境ですね。
新田: そうですね(笑)。でも葛藤もありました。小学校の頃、友達に「新田君はお経を読んでいればいいんだもんな」と言われて、「将来のことを考えなくていいから楽でいいな」と思った時期もありました。でも高学年になって、卒業文集に将来の夢を書く時にハッとしたんです。「あ、自分には職業を選ぶ自由がないんだ」と。それで反発して、将来の夢に「普通のサラリーマン」と書いたこともあります(笑)。
— ああ、なるほど…。将来が決まっているからこその不自由さ、ですね。
新田: そうなんです。「お寺を継ぐ」という決められた道と、「もっと自由に生きたい」という思いの間を、ずっと行ったり来たりしていました。
■「しがらみ」のない東京で、お布施を社会へ循環させる
— その葛藤の中で、なぜ東京のマンションに布教所を構えることになったのでしょうか?

新田: 一度、東京のお寺で働く機会があり、そこで衝撃を受けたんです。滋賀のお寺で生まれ育った自分にとって、周りにいるのは「お寺に関わりのある人」ばかりでした。でも東京に来て生活してみると、「お寺と付き合いがない」「お坊さんと喋ったことがない」という人が圧倒的に多い。
— ええ、都会ではそれが普通かもしれませんね。
新田: 一方で、地方の歴史あるお寺では、既存の檀家さんとの関係や地域の慣習があり、新しい挑戦をするのが難しい現実もあります。住職が何か始めようとしても、様々な調整が必要で「やりたくてもできない」ことが多いんです。
— なるほど、歴史があるからこその難しさですね。
新田: ええ。例えば新しい試みとして「費用を安くする」と提案したとしても、「そんな安売りしないでくれ」「もっとお寺の品格を考えてくれ」といった檀家さんからの声があって、身動きが取れない住職さんがいると聞きます。大変なことですよね。
今の住職は、先代、先々代からのお付き合いがある中で、なかなか自由に動けない。それなら、しがらみのない東京で、お寺と縁のなかった人たちに向けた新しい活動をゼロから始めてみようと、マンションの一室からスタートしました。
— なるほど。そこで新田さんが関わられていた「一般社団法人恩送り(おんおくり)」のような、社会貢献活動にも繋がっていくのでしょうか?
一般社団法人恩送り(おんおくり)
宗派を超えた僧侶たちが設立した、お墓・供養・福祉に関する相談を承る団体。跡取りや費用に悩む方へ永代供養墓・樹木葬などを紹介するほか、障がい者支援や孤独死防止など、受けてきた恩を次世代へ送る(恩送り)精神で社会貢献活動を展開。

新田: そうですね。お寺は非課税ですが、それは頂いたお布施をその地域や社会活動のために循環させるためだと教わりました。滋賀では子ども会が盛んだったりしますが、東京でもそうした社会への還元を意識して活動しています。賛同してくれる他のお寺さんからお布施の一部を寄付いただいたりしながら、子ども食堂の支援や、八柱霊園のそばの会館運営などを行っています。
— お布施を社会活動へ循環させる…。その視点にはすごく感動しました。一般的にはあまり知られていない、お寺の本来の姿かもしれませんね。
■70代、80代が抱える「誰にも言えなかった思い」
— 社会的な活動を広げていく中で、原動力となっているものは何でしょうか?
新田: 出会う人が困っていたり、「大変だな」と感じる状況があって、逆にそこから教えられている感覚が強いですね。東京では事故や自殺で亡くなる方も多いですし、ご遺族のお話を聞くこともあります。
— 現場での出会いが原動力なんですね。印象に残っているエピソードはありますか?
新田: 「水子供養」に来られる方々のお話ですね。まあ大体今出生率って、出生人口で約68万人ぐらいだったかな。で、中絶される方って約13万人くらいでしたかね。結構な数でしょ。
— 結構いらっしゃるんですね。
新田: そうそうそう。だから望まない妊娠をされたっていうので、今ね、色々問題にはなって、薬が出たりとかっていうのはあったりはするんでしょうけど。実は10代、20代の若い方だけでなく、70代、80代の方が来られることも多いんです。これには私もびっくりしました。
— 70代、80代の方も…。それは意外ですね。
新田: ええ。水子供養は、多分検索してもらってインターネットとかで調べて電話されて来られるっていう方で。「え、なんで来たんですか?」って聞くわけですよ。人生の終盤を迎え、ご自身の過去を振り返った時に、何十年も誰にも言えず、ずっと心に引っかかっていた思いに区切りをつけたいと、家族に内緒で来られます。「娘や息子にも言ってないんです」と。
— 長年の葛藤を抱えてこられたのですね…。
新田: そうなんです。こう終活とかこれからの歩みのことを考えたり、過去のことを振り返ってるのかもしれないですけど、これからの歩みの中での過去を振り返った時にどうしても目をつぶってきたけど目をつぶれない出来事かいうものがあって、それを1度区切りをつけないと前に進んでいけないとかっていうようなお話があるんですよね。なので、やっぱり印象的なのは、高齢者って言われてる方の、20代での出来事のお話ですね。
— 一方で、若い世代の方はいかがですか?
新田: 若い方がいう印象に残ってることもあります。10代の子、20代の子が、10人いたら10人言うセリフがあって。それがもうめちゃくちゃこちらが学び、教えられるっていうか。普通なら「私が(子供を)作った」と言うところを、ほぼ全員が「私のところに『来てくれた』」と言うんです。「私のところに来てくれたのに、産む決断ができなくてごめんなさい」と。
滋賀のような地方では子供を「授かる」「もらう」という感覚が強いのですが、東京の若い世代も、命を人間がコントロールできるものではなく、「サムシング・グレート(何か偉大なもの)」から自分のもとにやってきた存在として受け止めている。
— いや、すごいお話ですね…。現代の若い人たちの中にも、そんなふうに命を受け止める感覚があるんだと、何か発見したような気持ちになります。
新田: そう。なかなか来づらい場所だとは思うんですが、自分で調べて、電話して、一人で来る。その時にお話聞いてみたりすると、「私のところにやってきてくれたのに」っていう。そういう若い人たちの姿を見ていると、「他力」っていうところとなんか繋がってるなと。「私が作った」んじゃなくて「私に」っていうのが、私のところにやってきたとかね。だからそれと同じように自分も、自分がお寺で生まれた、なんで私が継がないといけないのかっていう風に言ってて。この水子供養で出会った人たち、他の大切な人を亡くされた方のお話など伺うと、「あ、私に、住職っていう仕事がやってきた」っていう風に受け取っていくものなのかなっていう風に教えられてくるんですよね。
■「認知」で動く医療、「感知」で生きる本人
— これからの時代に社会でこう必要とされるお寺とか僧侶のあり方ってどのようなものでしょうか。現代社会の課題として、特に気になっていることはありますか?
新田: 日本は長寿国で、「QOD(Quality of Death:死の質)」という指標の2015年の調査では、14位とかなんですよ。医療体制についてはすごく整ってるわけですよね。でもいろんな論文とか読んでみると、意思決定が本人ではなくて家族主導になってしまうこと、特に終末期医療の現場では、本人の意思決定が置き去りにされがちだと感じています。
家族や医療者は、どうしても「最善の治療法は何か」「今の状態はどうか」といった論理的な「認知(左脳)」で動いてしまいます。しかし、死に向き合っている本人は、「あなたがそばにいてくれて嬉しい」といった、理屈を超えた感覚的な「感知(右脳)」の世界にいます。この「認知」と「感知」のズレが、看取る側と看取られる側の悲しいすれ違いを生んでしまうのです。
— 「認知」と「感知」のズレがどんなすれ違いを生むのでしょうか。
新田: ええ。あるお葬式で、60代の男性がこんなことをおっしゃいました。「母は認知症で私が息子だということも分からなくなっていた。だからお見舞いに行っても言葉が通じないし、意味がないと思っていた。でも、棺の蓋を開けて母の顔を見た時、『ああ、待ってたな。あの時、ただそばにお見舞いに行けばよかったな』という後悔が立ち上がってきた」と。
言葉が通じなくても、質のいい沈黙の時間、ただそばにいるだけの時間にもかけがえのない価値がある。多分、その時に喋らなくても、沈黙の時間が流れても、すごく質のいい沈黙ってあると思うんですよ。
今、結構お見舞いに行くのが怖いって人が多い。お見舞いに行って何喋っていいかわからないし。ですので、今は終末期っていったところを、看護の大学の先生と一緒に、VRをつくって体験してもらい、みんなで終わって「どう思った」「何を感じた」「自分が生きてく中で何が大事なの」という話をしていて、これを広めたいんですよ。



「終末期体験VR」
佛心寺では、終末期体験VRを通して、頭で理解する“認知”だけでなく、身体で受け取る“感知”の時間を大切にしています。終末期の視点を体験することで、言葉を超えた沈黙の価値や、ただそばにいることの意味を実感し、人生の質と死の質をあらためて見つめ直す対話の場を広げています。
■辛い時、暗闇の中でこそ、お寺の「白い点」が輝く
— 若い世代の「スピ活」ブームもありますが、もっと深くお寺と関わってほしいという思いもあります。最後に読者に向けて、メッセージをいただけますでしょうか。
新田: 人は元気な時、心が「白い」状態の時は、お寺に行ってもあまり響かないかもしれません。
でも、誰かに裏切られたり、将来がどうしようもなく不安になったり、「自分は何のために生きているんだろう」と、心が真っ黒になってしまった時。そんな暗闇の中でこそ、お寺という場所はすごく輝く「白い点」になると思うんです。
— 辛い時こそ、お寺の本質が見えるんですね。
新田: はい。人生がうまくいっている時は必要ないかもしれない。でも、誰にも相談できないようなしんどさを抱えた時、静かに仏様の前に座ってみてください。その時に初めて響いてくるもの、感じられる安心感があるはずです。「落ち込んで大丈夫だよ。一人じゃないよ」と、そう伝えたいですね。
— 本当にしんどい時にこそ、お寺の力が響くんですね。今日は素晴らしいお話をありがとうございました。メディアだけでなく、リアルなイベントや活動なども企画していきたいと思っているので、ぜひ新田さんのような方と協力して、新しい「寺活」の形作りをご一緒できたら嬉しいです。
新田崇信(にった・たかのぶ )