
「20代のうちにプロ経営者になる」。
そんな明確なビジョンを掲げ、野村総合研究所(NRI)の戦略コンサルタントから、シード期のスタートアップを支援するベンチャーキャピタル(VC)へと転身を遂げた今泉晴喜さん。
誰もが羨むいわゆる「エリートキャリア」を歩んできた今泉さんですが、同世代のビジネスパーソンを集め、「宗教」や「哲学」をテーマにし、お寺で開かれる“答えのない勉強会”を主催しています。
なぜ、日夜ロジックと向き合うベンチャーキャピタリストが、宗教や哲学といった「右脳的」な世界に興味を持つようになったのか。効率やタイムパフォーマンス(タイパ)がもてはやされる現代において、私たちが本当に大切にすべき「センス(感性)」の磨き方について伺いました。
■ 【PROLOGUE】鳥肌が立つ瞬間のために。「プロ経営者」を目指した原体験
── 本日はよろしくお願いします。今泉さんの経歴を拝見すると、慶應義塾大学を卒業後、新卒で野村総合研究所(NRI)に入社され、サステナビリティ領域の経営コンサルティングに従事されていたのですね。そこからベンチャーキャピタル(VC)であるインキュベイトファンドへ飛び込んだ経緯など、まずはこれまでの歩みについて伺えますか?
今泉 晴喜(以下、今泉): はい。まず新卒の時の軸として、「20代後半から30歳になるくらいには、会社経営を任せられる『プロ経営者』と言われるような人材になっておきたい」という目標があったんです。

── 20代でプロ経営者ですか! 普通はそんなに早く仕上がらないと思うのですが、最初からそこまで明確なビジョンをお持ちだったんですね。なぜそう思われたのでしょうか?(笑)
今泉: 大学1年生の時、スリランカに計3ヶ月住んで自分でNPOを立ち上げた経験が原体験になっています。田舎の小学校で、キャリア教育の授業をしたり、現地の大学生から参考書を集めて貧困層の小中学生に送ったりする活動をしていました。現地でのキャリア教育後、村を出るタイミングで、現地の教育委員会や保護者、生徒など大勢の方々に感謝されながら見送られたんです。それが、これまでの人生の中で一番鳥肌が立った瞬間でした。
── 普通はなかなかできない、すごい経験ですね。
今泉: この瞬間をたくさん作っていきたい、「できるだけ多くの人の人生に幸せを届けたい」「笑顔の時間を増やしたい」と強く思いました。ただ同時に、「自分一人の力では大きなインパクトを残せない」という無力感も味わったため、組織として何ができるかを考える必要性を感じました。将来、みんなを幸せにできるプロダクトやサービスに出会った時、一番影響力を発揮できるように、企業であれNPOであれ「組織を運営できる力」を身につけておこうと考えたのが、若くしてプロ経営者になりたいと思ったきっかけです。
── そのようなマインドがあって、ファーストキャリアとしてNRIを選ばれたのですね。
今泉: はい。プロ経営者になるために「戦略を描く力」「意思決定力」「マネジメント力」の3つを最初のキャリアで身につけたいと考えていました。コンサルティング業界なら様々なプロジェクトを経験でき、若手でもプロジェクトリーダーを任せてもらえますから。
■ 教科書通りの人生からの脱却。「右脳的・ノーロジック」な決断

── NRIではサステナビリティ事業コンサルティング部でカーボンニュートラルなどの新規事業立案に携わり、丸3年勤めた後、2022年に現在のインキュベイトファンドへ移られました。そこにはどのような心境の変化があったのでしょうか?
今泉: 3年目・4年目のタイミングで、仮説を立てた3つのスキルを高め続けるだけでなく、実践したいと感じ、起業やスタートアップのCXOなどを視野に転職活動を始めました。インキュベイトファンドは「シード期(事業立ち上げ期)」の企業に出資し、一緒に経営を考えるファンドです。ここでなら複数の事業をパラレルで経営支援できるため、将来のステップとして最適だと考えた……というのが、ロジカルな転職理由です。でも実は本当の理由は「人生で初めて右脳的・ノーロジックで意思決定をしたタイミングだったから」なんです。
── とても興味深いです。詳しく教えていただけますか?
今泉: 25歳になった1月1日、急に自分のキャリアに対してコンプレックスが湧きました。中高一貫校からNRIという、ある意味わかりやすいレールに乗った人生を歩んでいて「これでは今泉晴喜じゃなくても送れる人生だ」と。常に選択肢を並べ、メリットとデメリットを書き出し、自分の能力に見合ったベターな選択をしてきた。これを続けていれば、独自性のない教科書通りの人生しか歩めないのは当然です。そこで、「次の大事な意思決定だけは、エビデンスを集めず、鳥肌が立った瞬間に直感で決めよう」と決意しました。
── すごい決断ですね。
今泉: そんな時、インキュベイトファンドの代表パートナー2人の方に飲みに連れて行っていただく機会がありました。その席で、お二人が「どちらがVCとして社会に貢献しているか」と、ちょっとした言い合いを始めたんです。その年齢で自分の仕事にそこまで本気になり、やりがいを持って楽しく働いている姿を見て、鳥肌が立ちました。VCがどんな業界かも正直わかってなかったですが、「この人たちについて行って失敗しても後悔しない」と思い、その飲みの場で「もう僕、入りますね」とその場で決めてしまいました。
■ VCの世界で気づいた「縁」と「直感」の力学

── まさに感性の決断ですね。実際に入社されて、事業計画やKPIといった左脳的なロジックが重視される場面も多いと思いますが、現在の仕事でもその「直感」は必要とされていますか?
今泉: はい。資金調達のためにしっかりとした事業計画を作り、壁打ちをすることは当然必要です。しかし、投資家や起業家として成功している人たちを見た時、コンサル時代の上司とは違い、私のキャリアの延長線上に彼らがいるイメージが全く湧きませんでした。成功している起業家や投資家は、ロジックの積み上げではなく、よくわからない「縁」や「奇跡」を起こして成功している人が多いように感じたんです。左脳でマイルストーンを立ててキャリアパスを描く世界ではなく、第6感で掴み取っている「運」や「ご縁」がある。この世界で勝ち残るには、自分もその右脳の世界を武器にして戦わなければならないという危機感がありました。
── ロジックだけでは測りきれない不確実性に対して、直感や縁を重視するようになったのですね。それが、現在企画されている宗教や哲学の勉強会にも繋がっているのでしょうか?
今泉: まさに繋がっています。これまで自分が「言語化できないから」という理由で避けてきたのが「アート」「宗教」「政治」の世界でした。今の情報やロジックだけでは説明できない力学が世の中で働きすぎていると感じ、それを解明するために宗教を学んでみたいと思ったんです。そこで、知人の僧侶に浄土真宗の教えを教えてもらう場を作り、そこに友人を呼んだのが始まりです。
■ 「正解」を手放すことで得られる、安らぎ

── 現在は広尾のお寺で開かれる勉強会に、20人前後の同世代のビジネスパーソンが参加されているそうですが、普段のビジネスシーンとは違う頭の使い方をしている感覚はありますか?
今泉: そうですね。ビジネスでは皆が思う「一つの正解」に集約していく議論をしますが、この勉強会には正解がありません。ただ自分が思ったことを吐き出して、すっきりしないまま帰ってもいい。多様性を受け入れ、誰の意見も否定しない心理的安全性が守られているため、初対面でも不思議と心の内を吐露でき、他者と響き合うことで自分の気持ちが鮮明に見えてくるんです。終わる頃には、なぜか皆すっきりした顔で帰っていきます。
── 何かの結論を求めているわけではないのに、響き合うことで心が軽くなるのですね。この活動を続けてきて、ご自身の中で変化はありましたか?
今泉: 大きく変わったのは、「何事も正解はないのではないか」と思えるようになったことです。以前は「正解っぽいから」という理由で選択して安心感を得ていました。しかし今は、効率的かどうかよりも、「どちらが自分の好きな『今泉晴喜』らしいか」「どちらが胸を張ってかっこいい人生だと言えるか」という感性で意思決定をするようになりました。自分自身がセンサーで感じ取る直感の力が、少しずつ大きくなってきているのを感じます。
── それはすごく大きな変化ですよね。それでは最後に効率やタイムパフォーマンス(タイパ)ばかりを求めがちで、少し疲れてしまっている同世代のビジネスパーソンに向けて、メッセージをお願いします。

今泉: 同世代の方に僕が何かというのはおこがましいので、過去の自分に対して言うイメージになりますが、「コスパやタイパを求めた先には何もない」と思います。人生は生まれていつかは死んでいく中で、コスパの良い人生に一体何の価値があるのでしょうか。だからこそ、コスパやタイパを気にしすぎず、心が動いてしまうことに没頭している時間や、情報としてではなく実感として「五感で感じ取ったもの」の蓄積こそが、生きている意味そのものだと感じています。皆さんにも、心躍ることをやってみたり、実際に自分で体感したりする時間の蓄積を大切にしてほしいなと思います。
── 面白い一致ですが、禅僧の方も今、この瞬間に没頭し、感じることが大事だとおっしゃいますよね。今日のお話には、ビジネスマンの皆さんに参考になる新しいウェルビーイングのヒントが詰まっていたような気がします。本日は本当にありがとうございました。
【PROFILE】
今泉 晴喜(いまいずみ はるき)
慶應義塾大学法学部卒。2019年に株式会社野村総合研究所(NRI)へ参画。サステナビリティ事業コンサルティング部にて、カーボンニュートラルやサーキュラーエコノミー分野における新規事業立案・業務改革支援などの経営コンサルティング業務に従事。2022年にインキュベイトファンドへ参画し、アソシエイトとして新規投資先の発掘や投資先企業のバリューアップ業務等を担当している。
写真/KENLOCK(寺イク?)
文・編集/KENLOCK(寺イク?)