「宗教」という言葉を聞いて、無意識に身構えてしまう。自分には関係のない、どこか遠くて難しいもの―それが現代人の素直な感覚かもしれません。
しかし、私たちが日々「推し」に熱狂したり、ファンタジー作品のキャラクターの言葉を人生の道標にしたりする時、そこには無自覚な「宗教性」が確実に息づいています。
京都で開催された、宗教情報プラットフォーム「ちえうみ」と批評誌『羅(うすもの)』を発行する大垣書店によるコラボイベント。第一線で活躍する専門家たちが集結したこの場では、誤解を生みがちな「宗教」という言葉の枠組みを鮮やかに解体し、現代人のリアルな営みの中に無自覚的に潜む宗教性までが浮き彫りにされました。
「宗教書はなぜ読まれないのか。―信じる、疑う、だけど読む。実践と学知の対話。」と題した大垣書店高野店が2日間にわたって熱気に包まれたイベントレポートと、企画者である「ちえうみ」担当者への特別インタビューをお届けします。
■TikTokの神様からアニメの神道まで——識者たちが示す現代に根付く「宗教」の現在地
2日間にわたって開催されたトークイベントでは、以下の豪華な面々が登壇しました。
【第一夜】

- 釈 徹宗(宗教学者・僧侶)※進行
- 亀山 隆彦(仏教学者/専門:真言密教)
- 君島 彩子(宗教学者/専門:物質宗教論・宗教美術史)
- 白川 密成(僧侶・作家・随筆家)
【第二夜】

- 釈 徹宗(宗教学者・僧侶)※進行
- 大谷 由香(仏教学者/専門:仏教戒律思想)
- 碧海 寿広(宗教学者/専門:近代仏教研究)
- 吉村 昇洋(僧侶・臨床心理士・精進料理家)
冒頭は「専門家は書評をどう書くか、読むのか」といった本音トークから幕を開け、そこからイベント関連企画のそれぞれの選書を通じて、議論は現代の宗教観へと深く切り込んでいきます。
印象的だったのは、識者たちが提示する「宗教」の幅広さです。
大谷由香氏は中国版TikTokでバズる「頭がお尻になっている神様」などを紹介し、世俗の中で生き続ける生きた宗教のあり方を提示しました。
さらに大谷氏が漫画『葬送のフリーレン(原作:山田鐘人、作画:アベツカサ)』を選書として挙げると、碧海寿広氏が「『ヒンメルならそうした』という言葉が、かつての宗教が果たしていた役割を虚構の現代的なキャラクターが担っている証左だ」とその文脈の面白さを指摘。続いて碧海氏は自身の選書を紹介しながら、「推し活」や「無機物への愛」に触れ、虚構の存在がいかにして人々の実践を通じて強烈なリアリティ(信仰)を持つようになるかを解説。現代人が無意識に行っている行為の中に潜む宗教性を浮き彫りにしました。

また、新海誠監督のアニメーション作品(『君の名は。』など)が意図的に神道の要素を取り入れている点にも触れられ、かつての「禅」に対する関心から、自然と共生する「神道」へとグローバルな興味が移っているという現代的な変化も指摘されました。
さらに釈徹宗氏は、中村圭志著『宗教で読み解く ファンタジーの秘密 Ⅰ』を選書にしながら、ファンタジー作品のルーツが神話にあることを挙げ、「空海や親鸞の教えが広く支持されたのも、そこに人々を強く惹きつける革新的なストーリー(ナラティブ)があったからこそ」と指摘。難解な教義としてではなく「物語」として人々の心を掴む構造は、現代のアニメやゲームが若い世代の宗教的感性を養っている状況と見事に重なります。

■「エゴを手放す」という実践——身体で落とし込む利他のメカニズム
専門家ならではの、常識を覆すような多様なジャンルの書籍の読み解きもこのイベントの醍醐味です。
特に印象深かったのが、「いかに現代人が仏教を実践として身に落とし込むか」という身体論についての議論です。白川密成氏が紹介した藤田一照氏の著書『仏伝身読』では、修行を頭で考えるのではなく、骨の仕組みや身体的な脱力といったアプローチから「アンラーニング(学びほぐし)」していく重要性が語られました。

また、堀部安嗣氏と中島岳史による対談本『建築と利他』をめぐる議論では、釈氏が「器のように空っぽになったところに利他がやってくる。我執(私)のない状態が、心身ともに一番ポテンシャルが高く、躍動できるからではないか」と指摘。
頭で理解する「学知」だけでなく、自らのエゴを手放す「実践」があってこそ、利他や本質的な安らぎは立ち現れる。そんな人間の核心が垣間見える瞬間でした。

■なぜ人はお遍路へ向かうのか?「分からないもの」を受け取る旅
そして議論は、現代人のリアルな悩みがダイレクトに反映される巡礼の地・四国へも及びました。
「何がそこまで人を巡礼に誘い入れるのか?」という問いに対し、現場で日々お遍路さんを迎える栄福寺住職・白川氏はこう答えます。
「『分からないものを受け取ってほしくて、あるいは、分からないことを受け取ってもらった感謝』が巡礼にあるのではないかと思います」
論理や言葉で説明しきれない「何か」を、ただ歩き、手を合わせることで受け取っていく。四国遍路が持つその特異な包容力について、白川氏はさらに続けます。
「ガチガチの修験者から、失恋した女の子、断食して回る自衛官、企業研修まで、多種多様な人が来るのが面白いんです。ルールを厳密に守る人もいれば、自分なりの『マイ遍路』として自由に巡る人もいる。その包容力や『雑っぽさ』こそが、四国遍路の最大の魅力ですね」

このイベントを通して感じたのは、読書でも同じことがいえるのではないかということです。タイパ時代に、あえて論理や言葉で説明しきれない「何か」をただ読み進めることで、受け取り、受け取られていく。読書体験にも、四国遍路のような包容力が、感じられ得るのではないでしょうか。宗教書や仏教の教えは決して堅苦しいものではなく、私たちが今生きている社会や、心の奥底にある葛藤を解き明かすための「鏡」なのだと気づかされるトークセッションでした。

■答えを急がない。タイパ時代の「読書」という体験

では、なぜ今、専門家を巻き込んでまで「宗教書」の存在意義を問う必要があったのでしょうか。イベントを主催した「ちえうみ」担当者の今村氏にお話を伺いました。
── 今回のイベントのテーマ「宗教書はなぜ読まれないのか」。非常に刺激的なタイトルですが、どのような背景からこのイベントを企画されたのでしょうか?

今村氏(以下、今村): まず前提として、私は、元々は音楽業界で広報をしており、外部から出版社に入った人間なんです。長く読まれる宗教書を紙の本だけで維持していくのは様々な困難があります。既存書籍の電子書籍化や重版未定になった書籍を電子書籍として復刊。そのような流れの中、ECサイトとして2020年10月に『ちえうみ』をスタートさせました。その後、宗教書を広く一般に届けるためのWebメディア『ちえうみPLUS』を2024年4月に立ち上げ、さらに専門家の視点を取り入れるために2025年4月に「ちえうみ書評委員」を発足しました。たとえば書店で売れている「仏教のエッセンスを含んだ自己啓発的なビジネス書」を宗教書なのか。そもそもわたしたちが語る「宗教書」とは何なのかという前提からちえうみ書評委員のみなさんに議論していただきたく、広く社会で手に取られる宗教書のあり方を問うためにこのテーマを設定しました。
──「ちえうみ」では宗教をとてもフラットに捉えられているように感じます。
今村: ええ、わたしたちは「宗教」を厳密に定義するのではなく、食のタブー、天文学、音楽など、人々の「日々の営みの中にあるもの」としても捉えられるだろうと考えています。社会の分断が進み、「近代」的な合理性や自己決定だけでは生きづらくなっている今、かつての宗教的な共同体や知恵が別の形で機能するかもしれません。我々はその知恵にアクセスできるプラットフォームでありたいと思っています。
── タイムパフォーマンス(タイパ)が重視され、すぐに役立つノウハウが求められる現代において、「信じる、疑う、だけど読む」という宗教書の読書体験には、どのような価値があるとお考えですか?
今村: ビジネス書のようにすぐに実践に役立つ読書も良いですが、人文書や専門書はすぐには実践に反映できないかもしれません。けれども、著者と対話するように考えながら読むことで、10年後、20年後の人生に影響を与えるかもしれない。本を読み、立ち止まって考えるという体験そのものに意義があると思っています。本もライブや舞台と同じように「文化的な体験」の一つとして捉えることもできるかもしれません。

── 専門家の方々のトークからも、まさにその「ライブ性」と人間臭い面白さが伝わってきました。
今村: 専門家の皆さんは人間臭くて本当に面白いんです(笑)。リアルな場で対話している姿を見ないと、書籍だけではその魅力は伝わりづらい。だからこそ、こうしたイベントや動画を通じて、専門家の面白い人柄に触れてもらい、そこから「この人が勧める本なら読んでみよう」と本を手に取るきっかけを作っていきたいと考えています。
── 最後に、この記事を読んでいる読者へメッセージをお願いします。

今村: 『ちえうみ』のユーザーは意外にも20~30代の若い世代が多いんです。日常の中でふと疑問に思ったことや不安——例えば学校給食における食のタブー、ヨガの効果、世界情勢への不安などがあれば、ぜひ『ちえうみ』の検索窓から検索してみてほしいです。そこから、宗教の知恵や書籍に触れるきっかけを見つけてもらえると嬉しいですね。
【INFORMATION】
本記事で紹介したトークイベント「宗教書はなぜ読まれないのか。――信じる、疑う、だけど読む。実践と学知の対話。」の熱気に満ちたトークセッション、数々のユニークな選書の全貌は、現在アーカイブ配信にて購入・視聴が可能です。専門家たちの人間味あふれるクロストークを、ぜひ映像で体感してみてください。
[▶ アーカイブ配信の購入・詳細はこちらから]ちえうみ
仏教を、もっと身近に。宗教の知恵を人生に——
株式会社佼成出版社が運営する、仏教を中心に宗教の知恵を社会へとひらく電子書店・情報プラットフォームです。書籍・動画・コラムなど多様なコンテンツを通じて、信仰や宗教文化を日常に取り入れ、現代社会に生きる人々が”よりよく生きるためのヒント”を見いだせる場をめざしています。
PROFILE
今村 俊博(いまむら としひろ)
ちえうみ担当。音楽業界での広報を経て出版業界へ。2022年の「ちえうみ」立ち上げからチームに参加。
写真・KENLOCK(寺イク?)
文・編集/KENLOCK(寺イク?)