社会現象となった大ヒット作『成瀬は天下を取りにいく』の著者・宮島未奈氏の待望の最新作『ギャルにひかれて寺マルシェ』(KADOKAWA)が発売された。
本作の舞台は、地方の「お寺」。父親の死後に酒屋を継いだ30歳の主人公が、地元に戻ってきた悪友とともに、元同級生をギャル僧として売り出していく物語だ。主人公である30歳の青年たちは、「高価なポケモンカードが欲しい」「ギャル僧侶の真実子をただ応援したい」というような等身大で、ささやかな動機から、「寺マルシェ」に関わっていく。
なぜ今、あえて「お寺」を舞台に、この「スケールを追わない小さな共同体」が描かれたのか。
本作の立ち上げから伴走してきたKADOKAWAの担当編集者・鈴木雄策氏に、その制作秘話をインタビューした。
■ 「成瀬」に続く大ヒットの予感。異例のスピードでオファーした最新作

ーまずは、鈴木さんが本作の担当編集者になられた経緯からお伺いさせてください。『成瀬は天下を取りにいく』で本屋大賞を受賞し、社会現象を巻き起こした宮島未奈先生の次作ということで、出版業界的にも非常に注目度が高い作品ですよね。
鈴木雄策氏(以下、鈴木):実は『成瀬』が発売される前、関係者向けに配られた試し読みの小冊子を読んだ時点で「これは間違いない」と確信しまして。発売前の段階ですぐに宮島さんにコンタクトを取り、KADOKAWAの文芸誌『小説 野性時代』でのインタビューをオファーさせていただいたんです。
その後、『成瀬』が誰も予想できないほどの爆発的なヒットとなり、滋賀県が成瀬一色になるほどの社会現象になりました。そんな中、比較的早いタイミングで連載をお願いできたのが本作の始まりです。
ー社会的な期待も大きい中、鈴木さんご自身としてプレッシャーは感じられませんでしたか?
鈴木:私自身はとにかく「良い作品を出して最大限に売り伸ばす」ことだけを考えていました。何より、いただいた原稿が本当に楽しくて素敵な作品だったので、プレッシャーよりも「これをどう広げていこうか」というポジティブな気持ちの方が大きかったですね。
■ 「大きな目標」を持たない。等身大の動機がもたらす心地よさ

ー作中の登場人物たちは30歳ですが、「世界を変える」といったような大義名分ではなく、「ポケモンカードが欲しい」「真実子を応援したい」という目の前の等身大の動機で動きますよね。常にSNS上で、人と比べたり、大きな結果が求められがちな現代において、この「背伸びしない動機」はすごくリアリティがあり、どこかホッとするような心地よさを感じました。
鈴木:宮島さんの作品に共通しているのは、「手が届く範囲の物語」を描いている点です。M-1に出てみるとか、テレビに映り込むとか、すごく身近で自分に起こり得るようなところからお話が始まる。最初から壮大な話にしてほしいというオーダーではありませんでした。
私自身もちょうど連載を依頼した時に30歳だったのですが、自分を含め、周りの30歳を見ても、友達と集まれば本当に取り留めもない話ばかりしています(笑)。「成り上がってやる!」というビッグな夢よりも、手の届くところにある小さな幸せを大事にしたい。そんな今の20代、30代の感覚が、すごく自然に反映されたキャラクターたちだと思います。
ー現代の若者の感覚。まさにそうですね。世の中に誇れるような立派な理由がなくても誰かの熱量にふらっと「巻き込まれる」姿が、とても眩しく見えました。
鈴木:そうですね。主人公はちょっと仕事にやる気がない感じの男子なんですが、トラブルメーカーな同級生や、芯のあるギャル僧侶・真実子に巻き込まれるうちに、少しずつ自覚が芽生え、変わっていく。その過程がすごく心地よい読後感に繋がっていると思います。
■ 解像度の高い「日常ログ」と、拡張しない居場所

ー作中の日常や会話の描き方が、まるで解像度の高い「日常ログ」を見ているようで非常に心地よかったです。
鈴木:宮島さんは、映像でパッと浮かぶような描写をすごく心がけているように感じます。推敲の段階でも、例えば「30歳の酒屋の息子が乗っている車はどんな車種か」といった細部まで、一切ふわっと処理せずに書き込まれていました。
普通に読んでいると読み流してしまうような何気ない会話や風景から、その地域のコミュニティの関係性や、「普段どれくらい同級生とすれ違うのか」といった空気感までが自然と浮かび上がってくる。これは本当に作家としての力量だなと圧倒されました。
ー現代のイベントは「もっと集客して規模を拡大しよう」と経済性を追い求めがちですが、この寺マルシェは地域の温かい、スケールを追わない「いい感じのコミュニティ」になっていて、東京のような都市に住んでいると、そこにすごく懐かしさや「憧れ」を感じました。
鈴木:物語の着想の段階で、実際に滋賀県の石山寺の住職の方に取材へ伺ったんです。そこで「縁日とは、人と人をつなぐものだ」というお話をお聞きしました。宮島さんは、お寺という場所を舞台にする以上、単なるイベントではなく、人と人の繋がりや「縁」がベースになる物語にしよう、というイメージを持たれたそうです。
実際に宮島さんと寺マルシェにも足を運んだのですが、そこでは近所の主婦の人たちがお弁当を持ち寄って、お堂でしゃべりながらご飯を食べていて(笑)。物を売る人と買う人の間に、本当に平和な空気が流れていたんです。その温かい空気が、小説の中にもそのまま流れているんだと思います。
■ お寺だから描けた、失敗と「赦し」の温かさ

SNSなど見ていても、一度の失敗が一生の致命傷となるくらいに厳しく指摘されがちな今の時代ですが、作中の共同体で事件やトラブルが起きても、最後にはふんわりと「赦し(ゆるし)」や「受け入れ」に向かっていく展開に、心底ホッとさせられました。
鈴木:宮島さんとも連載中に「どんな事件にするか」を相談していたのですが、やはり「一線を踏み越えない(やりすぎない)」という見極めは非常に慎重にされていました。物語を盛り上げるために大事にしすぎると、取り返しがつかなくなってしまう。ちゃんとハッピーエンドにできる範囲の中でトラブルを描く、というライン引きは徹底されていたように思います。
ー『寺イク?』の視点で読むと、この「問題が起きても関係性が切れず、また日常に戻っていく」という余白や「赦しの構造」が、非常に仏教的な教えの本質と通じていると感じました。これは企画当初から仏教的テーマとして意図的に組み込んだのでしょうか?それとも、結果として自然にそうなっていったのでしょうか?
鈴木:後者だとは思います。ただ、作中で光司が「占い」を始める展開があるのですが、あれも完全に宮島さんのひらめきなんです。「占いって人の話を聞く、ある意味宗教的な側面があるよね」と。作中にも、僧侶の仕事と近いところがあるというセリフがあるのですが、「人の話を聞いてもらう」ということとお寺という空間がすごく上手くはまっていて。お寺がただの出落ち的な舞台装置にならない形で、そこで出来事が起こる必然性が生まれていったのだと思います。
ー法話のシーンも非常に印象的でした。利害関係なしに「生き方」の話を素直に聞ける空間として、お寺の機能が活きていますね。
鈴木:法話のシーンで「ありがたい」という言葉について語られる場面があるのですが、私はそれを読んで、「昔の友達に連絡を取りたくなるようなお話です」とコメントを書いたんです。連絡を取らなければ途絶えてしまうけれど、1本連絡すればまた繋がれる。そんな当たり前だけど大事なものを、もう一度大切にしたくなる作品になっていると思います。
ーすごく素敵なコメントですね。読者の方にもぜひ、その感覚を持ち帰っていただきたいなと思います。本日は貴重なお話をありがとうございました!
■ 編集後記:日本人が忘れていた「ムダ話」ができる空間

大人になると、つい明確な目的やメリットがなければ動けなくなってしまう。
『ギャルにひかれて寺マルシェ』に登場する大人たちは、決して世界を救おうなんて思っていない。「ポケモンカードが欲しい」「あいつが心配だから」という、ひどく個人的でささやかな動機で動き、そして失敗もする。
しかし、ここで描かれる共同体は、彼らの失敗を決定的なものとして排除するのものではない。ふんわりと赦し、受け入れていく。欲望を追求し、際限なく拡大していくのではなく、顔の見える関係性の中で、損得抜きのムダ話ができる居場所なのだ。
それはまさに、私たちが忙しい日々の中で無意識のうちに手放してしまった、日本古来の「縁日」や「お寺」が持っていた本来の機能そのものだ。
週末は肩の力を抜いて、本作を片手に近所のお寺やマルシェに出かけてみたくなる。本作を読めば、いつもの何気ない日常が、もっと温かく、かけがえのないものに感じられるはずだ。
■ プロフィール
鈴木 雄策(すずき・ゆうさく)
株式会社KADOKAWA 文芸局 単行本編集部 文芸単行本編集1課 兼 文芸クロスメディア編集部 文芸新規事業開発課 所属。
2018年新卒入社。『小説 野性時代』などの文芸雑誌の編集を経験後、営業部を経て2022年10月に文芸編集へ復帰。歴史時代小説など幅広いジャンルを手がけ、宮島未奈氏の最新作『ギャルにひかれて寺マルシェ』の編集を担当。
【INFORMATION】
■ 書籍情報

『ギャルにひかれて寺マルシェ』
著者:宮島未奈
発行:KADOKAWA
詳細はこちら:https://www.kadokawa.co.jp/product/322411000634/
写真・文/KENLOCK(寺イク?)