いつもお世話になっている春雨寺(東京都品川区)の丹羽貴大住職から、「今度、うちで『心の終戦プロジェクト』の記念式典をやるから来ませんか」とお声がけをいただいた。
「心の終戦」—。その言葉を聞いて、すぐにあの印象的な平和式典のことかと思い当たった。今年の5月末、ハワイの真珠湾(パールハーバー)で日米の歴史的な関係者が集い、平和の式典が行われたというニュースをメディアで目にしていたからだ。原爆の子の像のモデル・佐々木禎子さんのご遺族をはじめ、安倍昭恵元首相夫人、トルーマン元大統領のお孫さん、そして東條英機元首相の曾孫が一堂に会したあの国際的なプロジェクト。丹羽住職が関わっていたのも知っていたが、品川の寺院でどのような式典を行うのだろうか?
壮大なスケールのニュースと、私にとって身近な「お寺」という空間がどう結びつくのか。そんな好奇心と少しの緊張感を胸に、私は初夏の風が吹く春雨寺へと足を運んだ。

■ 真珠湾に並んだ「折り鶴」と、「復讐の火」が和解に変わるまで
春雨寺のホールに足を踏み入れると、すでに多くの人が静かに式典の始まるのを待っていた。最前列には、あのハワイの平和式典を牽引した佐々木雅弘さん(禎子さんの実兄)、佐々木祐滋さん(禎子さんの甥)、安倍昭恵さん、そして東條英機の曾孫の英利さんなどが座っているのが見えた。
安倍昭恵さんの挨拶から式典がはじまり、前半では、祐滋さんの口からハワイ・真珠湾での「SADAKO PEACE CEREMONY」の生々しい舞台裏が語られた。




現地では、安倍昭恵さんが参列するなか、真珠湾ビジターセンターにて「サダコの折り鶴」の常設展示のオープニングが行われたという。昭恵さんが自ら折った鶴も、サダコの鶴と並んでガラスケースに収められている。かつて日米が開戦したその場所に、共に平和を祈る折り鶴が展示されることの意義は計り知れない。
さらに私が引き込まれたのは、福岡県八女市星野村からハワイへと運ばれた「平和の火」のエピソードだ。この火は元々、広島で被爆した故山本達夫さんが、親戚の遺骨代わりに、そしていつかアメリカに「復讐してやる」という強い憎しみを込めて持ち帰った残り火だったという。
しかし、長い年月の中で、山本さんの心の中でその火は「和解と平和を求める火」へと意味を変えていった。
佐々木さんたちは、その火をハクキンカイロに移し、機内持ち込みの厳重な審査をクリアしてハワイへ運んだ。そして真珠湾で、参列者全員でその火を「吹き消す(鎮火する)」セレモニーを行ったのだ。心の中で燃え続ける憎しみやわだかまりを、自らの意志で消し去るために。
ニュースのテキストを読んだだけではわからなかった、途方もない労力と、関わった人々の血の通った「想い」のやり取り。それが目の前で語られることで、遠い国の出来事だったプロジェクトが、突如として私の胸の芯に迫ってきた。
■ 涙腺を揺さぶる朗読と、春雨寺が「折り鶴寺」になる日











式典の後半、来場者たちは、さらに一段深く心を揺さぶられ、同じ気持ちで一つになっていった。絵本作家ののぶみ氏による、禎子さんの生涯を描いた絵本『ほんとうの願い』の読み聞かせだ。実はこの絵本、安倍昭恵夫人の「この本を書いてほしい」という強い願いから誕生したものだという。
「お父ちゃん、病院のお茶漬けが食べたい。外で買うと高いから」
自らの命の期限を悟りながらも、最期まで家族の借金を気遣い、ただひたすらに薬の包み紙で鶴を折り続けた禎子さん。その痛いほどの「思いやり」のエピソードに、本堂のあちこちから静かに鼻をすする音が聞こえてきた。私も思わず、目頭が熱くなるのを抑えきれなかった。
丹羽住職は、この春雨寺を今年10月25日の禎子さんの命日を機に、「折り鶴寺」として世界に開かれた場所にアップデートするという。「お寺は亡くなった後に来る場所ではなく、生きているうちに遊びに来て、自分を満足させられる場所にしたい」。常に前例にとらわれず、軽やかに、しかし強い信念で新しいお寺のあり方を模索する丹羽住職らしい、素晴らしいビジョンだと感じた。

■ 「まず自分自身が変わる」という、重く尊いメッセージ
式典の後半、東條英利さんが語った言葉が忘れられない。
かつて海外の遺族や生存者と対峙し、激しい反発を受けた経験を持つ東條さんは、曾祖父たちが処刑の直前、看守のアメリカ兵に感謝を伝えたエピソードを引き合いに出し、「彼らが最期に残したのは恨みではなく『海容(かいよう)の精神(許しと思いやりの心)』だった」と語った。
そして、佐々木雅弘さんが力強く残した言葉。
「一番大切なのは『思いやり』。そして、まず自分自身が変わること。自分が変わらずして、相手を変えることはできません」

この言葉を聞いたとき、私は「心の終戦」という言葉の本当の意味を理解した気がした。

それは決して、国家間の戦争といった巨大な主語だけで語られるものではない。私たちが日々の生活の中で抱える、仕事の人間関係の摩擦、SNSでの見えない棘、誰かに対する小さな嫉妬や怒り。そうした自分の内側にある「争い」を、自分自身の意志で終わらせることなのだと。
■ 式典のフィナーレ。祈りの歌声と、エンドロールのように流れた真珠湾の情景
そして式典の終盤、シンガーソングライター・佐藤ひらりさんが登場し、国歌と『アメイジング・グレイス』を奉納した。透き通るような美しい歌声が、木造の本堂に響き渡り、空間全体を優しく包み込み浄化していくようだった。


「ご飯を食べて、皆さんとお話ができること自体がまず平和なのだ」
歌唱後に佐藤さんが語ったそのまっすぐな言葉が、堂内にいる参加者たちの胸に、染み渡っていく。
その清らかな余韻のなか、すべてのプログラムを締めくくる“エンドロール”のように流されたのが、丹羽住職が制作したハワイ・真珠湾でのセレモニーを振り返る映像だった。現地の空気感と、国境を越えて交わされた平和への祈りがそのまま凝縮された映像と美しい楽曲を静かに味わいながら、堂内は深い感動と祈りの空気に包まれた。









■ 編集後記:お寺という空間が持つ、本来の力
式典を終え、春雨寺の門から出たとき、薄暗くなっていた街並み全てが愛おしく感じられた。

憎しみを許しに変えるまでの途方もない時間。相手を思いやり、対話を重ねる泥臭いプロセス。それは、効率化とは対極にある、人間としての「尊厳」そのものだった。
ニュースで見た遠い世界の出来事だった平和記念式典を、お寺という静謐な空間で、当事者たちの生の声と体温を通じて「自分事」として受け取る。丹羽住職にお声がけいただかなければ、決して味わえなかった貴重な体験だ。
「心の終戦」は、今日から私の日常の中でも始まっている。まずは、身近な誰かを思いやり、自分自身の心のささくれを静かに見つめ直すことから始めてみたいと思う。
【INFORMATION】
■ 春雨寺
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所在地:東京都品川区
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特徴:2026年10月25日に「平和の火」のアンカーと、佐々木禎子さんのオリジナル折り鶴の展示を行う予定。世界中から平和を願う人々が集う、開かれたお寺を目指している。
写真/KENLOCK(寺イク?)
文・編集/KENLOCK(寺イク?)