「もっと売上を伸ばしたい」「効率化して利益を最大化したい」。 そんな際限のない資本拡大欲求を原動力に駆動してきた現代の資本主義社会。しかし今、効率やタイパばかりを追い求めるシステムの中で、個人も組織も疲弊し、限界を迎えつつある。さらに、効率やタイパだけ求める働き方だと、人間がAIに代替されてしまう未来が明らかな今、人間のための資本主義を見つめ直す必要に迫られている。
一方で、日本には100年以上続く「長寿企業(エクセレント・カンパニー)」が世界的に見ても驚異的な数で存在している。その成功と持続の秘訣は、なんと「仏教」にあった―。
そう語るのは、数々の企業の顧問を務める現役の「敏腕企業弁護士」でありながら、真言宗の僧侶・阿闍梨(あじゃり)でもあるという異才の経歴を持つ中村芳生氏だ。著書『仏教経営入門』『密教と算盤』の中で、宗派を問わずフラットな視点で日本独自のビジネス哲学を紐解いた中村氏。
資本主義のエンジンである「欲」を否定せず、いかに利他的な「大欲(たいよく)」へ反転させるのか。そして、名だたる日本企業は仏教の叡智をどう経営に組み込んできたのか。私たちの「働く意味」を根本から問い直す、特別インタビューをお届けする。
■ エクセレント・カンパニーを支える「労働=仏道」というパラダイム

中村芳生氏
──企業法務や紛争解決など、非常にシビアで論理的な「算盤」の世界に身を置く中村先生が、なぜ『仏教経営』というアプローチに行き着いたのでしょうか?
中村芳生氏(以下、中村): 企業弁護士として様々な会社の顧問を務める中で、「どういう企業が長持ちするんだろう?」ということに強い関心を持ったのが原点です。多くの企業が5年ほどでなくなってしまう中、日本には長寿企業が非常に多い。早稲田大学の先生らと研究を重ねる中で、「日本の企業は仏教の良さを経営に活かしているからこそ持続しているのではないか」という仮説に行き着きました。
──仏教が日本の経営に与えた一番大きな影響とは何でしょうか?
中村: 欧米的な資本主義の根本では、労働は「悪」であり「やむを得ず行うコスト」です。だから「これだけ時間をかけたのだから報酬を払え」という論理になり、究極的には「人間はAIに置き換えてコストカットしよう」という方向に向かってしまうかもしれません。
しかし、日本に入ってきた仏教は違いました。江戸時代の思想家・鈴木正三らが説いたように、「働くこと自体に価値があり、労働を通じて自らの人格を磨いていく(仏道である)」という考え方が根底にあるんです。この「労働=仏業(仏の行い)」という美学こそが、日本のエクセレント・カンパニーを支えてきた強さの源泉です。
■ 住友、伊藤忠、花王……名だたる企業に息づく各宗派の叡智

著書『仏教経営入門』のために集めた研究図書
──著書『仏教経営入門』では、特定の宗派に偏らず、各宗派の教えが実際の企業経営にどう活きているかをフラットに分析されていて驚きました。
中村: 仏教と一口に言っても、宗派によって経営への活き方は全く異なります。 例えば、「臨済宗」。住友グループの事業精神の基礎には、この臨済宗の教えが深く関わっています。 また、「浄土真宗」の教えは、伊藤忠商事や近江商人たちに引き継がれています。「死んだら阿弥陀様が救ってくれるのだから、生きているうちはそれにふさわしい、世のため人のためになる行いをしよう」という感謝の心が、優れた商売の哲学へと昇華されました。
──「禅(曹洞宗)」の教えが、科学技術系の企業と相性が良いというお話も非常に面白かったです。
中村: 道元禅師の「只管打坐(しかんたざ=ただひたすら座る)」ですね。NTTや花王、TDKといった技術・メーカー系企業にこの哲学が馴染んでいます。 座禅を通じて余計な力を抜き、身心を脱落させると「主体」と「客体」の境界線がなくなっていく。ニュートンやアルキメデスが真理を発見した時のように、自分という枠(エゴ)を外し、対象と一体化して物事の本質を捉える。この「主客未分」の感覚が、日本の高度なモノづくりや科学技術の発展に大きく寄与しているんです。
■ 「小欲」を否定せず、「大欲(利他)」へ反転させる
──仏教というと「欲を捨てよ」というイメージがありましたが、先生は「欲を利他的な『大欲』に変える」とおっしゃっています。今の言葉に翻訳すると、どういう状態でしょうか?
中村: 難しく考えず、「我々は生まれながらにしてすでに『仏』である」と自覚することに尽きます。ここでいう「仏」とは特別な念力などを持った神様ではなく、自利だけでなく他者の利益も願う「菩提心(利他の心)」と、物事を正しく捉える「知慧」を最初から備えた存在だということです。
だから、欲そのものを完全に捨てる必要はありません。自己中心的な「自分が儲けたい」という「小欲(しょうよく)」を、社会や他者のために燃やす「大欲(たいよく)」へとベクトルを変えていく。それが仏教経営の強さです。

エクセレントカンパニーに影響を与えた仏教書
──とはいえ、日々のビジネスでは目の前のノルマ(小欲)に追われがちです。「自利利他(自分の利益と他者の利益を一致させる)」を、綺麗事ではなく「強固な経営戦略」にするには何が必要ですか?
中村: 歴史を見れば明らかで、利他の心がない企業は生き残れません。 自利だけで商売をすれば必ず行き詰まります。利益を上げることがどう他者のため(利他)につながるのかを見つけ出し、「何のために我々はこの事業をやっているのか」という強固な哲学を持つこと。それが結果的に「熱狂的なファン」を生み、企業を衰退させない最大の防御策になるんです。お金儲けだけの軸がない人とは、誰も長く付き合いたくないですよね?

麹町塾のカリキュラム
私自身が無償で主宰している「麹町塾」も同じです。お金を取らないからこそ、「お金を払っているんだからお客様だ」という傲慢な人は来ず、社会を良くしたいと願う「大欲」を持った本物の仲間だけが集まってくるんです。
■ ビジネスマンのための「寺活」の意義と、心を調える場所
──本来、お寺はそのような「大欲」に触れ、働く人々の心を調える(ととのえる)場所だったはずですよね。
中村: そうなんです。お釈迦様も空海さんも「自分の葬式をしろ」なんて一言も言っていません。仏教とは本来、同世代で生きている人、今で言えば「中小企業の社長や働く人々」の心を調え、生き抜くための哲学だったはずです。 しかし平安時代の後期以降、お寺は「葬式や墓守り」をビジネスモデルにして堕落してしまった。生きている企業や人の駆け込み寺として、もっと仏教は機能すべきなんです。
──読者の方にもビジネスマンが多いと思いますが、明日から、無自覚な「小欲」への囚われから抜け出し、視点をずらすためのアドバイスをお願いします。
中村: まずは、自分の中にある「菩提心(利他の心)」を意識して、日々の仕事や人間関係を見直してみてください。そうすれば「この仕事はおかしいな」「この人とは組めないな」という判断軸が研ぎ澄まされ、自分が小欲に騙されたり消耗したりすることを防げます。 時にはお風呂にたっぷりお湯を張り、肩までドボーンと浸かってアルキメデスのように「主客一体」の感覚を味わい、余計な力を抜いてみるのも良いでしょう(笑)。
──「労働=コスト」という価値観を脱ぎ捨て、「自利利他」のエンジンで働く。それが日本独自の強さであり、自分自身を息苦しさから解放することにつながるのですね。本日は素晴らしいお話をありがとうございました。
■ 編集後記:日本発「仏教経営」という、最強のビジネスハック
「労働は悪であり、コストである」。そんな西洋的な資本主義のルールの上で戦い続ければ、人間はいつかAIに代替される単なる「リソース」としてすり減っていくしかない。
だからこそ、中村氏が語った「働くこと自体に価値を見出し、人格を磨く」という日本独自の『仏教経営』の哲学が、今かつてなく力強く響く。宗派を問わず、住友や伊藤忠、花王といった名だたる企業が、100年以上にわたりこの叡智を経営システムに組み込んできたという事実は、私たちに大きな勇気を与えてくれる。
自分の欲求を消し去る必要はない。ただ、そのベクトルの向きを「自分(小欲)」から「他者や社会(大欲)」へと少しだけずらしてみる。それだけで、日々の業務は「やらされるタスク」から「自分を磨く仏道」へとその意味合いを大きく変えるのだ。
週末は少し足を伸ばして、本来の「生きるための哲学」に触れられるお寺を訪ねてみるのもいいだろう。凝り固まったビジネスの「算盤」に、しなやかな「仏教」の叡智を掛け合わせることで、私たちはもっと豊かに、もっと力強く働いていけるはずだ。
■ プロフィール
中村 芳生(なかむら・よしお) 現役の企業弁護士であり、真言宗の僧侶・阿闍梨(あじゃり)。一橋大学大学院でMBAを取得後、日本独自のビジネス哲学を探求すべく大正大学で密教を学ぶ。企業法務や紛争解決の第一線で活躍する傍ら、「仏教経営」の研究・実践を行う。入会金・会費完全無料の私塾「麹町塾」を主宰し、脳・心の研究成果や和文化・音楽を経営に活かすとともに、資格試験に向けて、幅広い学びの場を提供し「大欲」を持った人材の育成に尽力している。
【INFORMATION】■ 著書紹介
写真・文/KENLOCK(寺イク?)